Everyday Birthday

2012年3月23日金曜日

奇跡をおこそう

NHKの朝の連続ドラマ「カーネーション」。
毎回録画して、観るのを楽しみにしています。

今日もすごく胸に響くセリフがありました。

まずはあらすじです。
88歳になったファッションデザイナーが、
病院でファッションショーをやる事になりました。
そこで、末期がん患者をモデルにしようと、
話をした時のセリフです。

「年取るちゅうことは奇跡を見せる資格がつくっちゅうことや。
若い子が元気に走り回ってもびっくりする事ないけど、
100歳が走り回っとったら、こんだけで奇跡やろ?

ほんでな、あんたかてそうなんやで。
笑てみ?

末期がん患者が笑ってる。
みんな末期がんなんかになったら、
二度と笑われへん思ってる。
あんたが笑うだけでごっつ奇跡を人に見せられる」

もう年だからとか、病気だからとかいうのを
やめてみよう。

自分も生まれつきの心臓病で、
生後3ヶ月で死ぬと言われたそうです。

それが今では38歳のオッサンです。

友人の子供は、同じ心臓病ですぐに亡くなったと聞きました。
それを聞いた時も、自分が生きてる奇跡と、役割を強く感じました。

あとどんだけ生きれるかわかりません。
でも、それは誰にだって言える事。

いつ逝ってもいいといいながら、
笑って100歳まで生きてやろう。

そんで、100年残る絵本を描いたろ。

そんな奇跡を起こしてやりたいです。

2012年3月14日水曜日

ありがとうのしるし

東日本大震災から1年が経ちました。

みんなが追悼をしていたその日、
自ら命を絶った人がいました。

死にたいくらいの苦しみがあったんだろう。

でも、自分の苦しみばかりに目を向けてはいけないよ
あなたにできることが、きっとあるんだから。
まわりの人も、止められなかった哀しみでいっぱいだろう。
胸が痛みます。

被災者のために募金をしたり、悼む人もたくさんいたでしょう。

その優しい気持ちがあるのなら、目の前で苦しんでいる人や、
困っている人にも向けてあげてほしい。

現地にいくなら、その目の前の人。
いけないなら、今居る場所の目の前の人。

家族、おとなりさん、見ず知らずの人。

ひとりひとりが、目の前のひとりを救えたら、
どれほど素晴らしい、よのなかになるだろうか。

どうせ死ぬのなら、ありがとうと言われて逝きたい。

ぼくらが手を合わせるのは、
ありがとうのしるしなのだから。

合掌

2012年3月12日月曜日

みんなかぞく

情けない話ですが、また飼い犬同士がケンカをしてしまい、
仲裁に入って噛まれてしまいました。

今回は里子のジョイエは軽傷でしたが、
ぼくは爪がはがれて、手も縫うほど噛まれてしまいました。

それでもぼくは、噛んだエミリオを嫌いになれません。

普段は、とってもききわけの良い子なんです。
ハウスと言えば一番に入るし、
おすわり、フセ、マテもちゃんとできます。

ただ、独占欲と縄張り意識が強すぎるんでしょうね。
よくマーキングをするし、他者が近寄ると怒ります。

ぼくらでも、時々ありますよね。
なかよしの友達が、他の友達となかよくしてると、
嫌いになったり。

浮気された腹いせに、
パートナーや浮気相手を傷つけてしまったり。

ジョイエを他の里親に渡すとか、
エミリオをゲージに入れて置くとか、
それが簡単な解決法だと思います。

でも、ジョイエもぼくと居たいとしたら寂しいだろうし、
このままエミリオが他人と触れ合えないのもかなしい。

なにより、一度家族に迎えた以上、
最後まで愛情を注いでやりたい。

できればみんなでなかよく暮らしたい。
それが無理でも、傷つけるのはやめさせたい。

他人を愛するココロを持たせてあげたいんです。

愛とは、赦すことではないだろうか。
赦すとは、互いが相手をおもいやって行動すること。

ぼくは自分を噛んだエミリオを赦します。

エミリオはどうしたら、
ジョイエとなかよくしてくれるんだろう。

ただ、習い始めたばかりのウクレレを
当分弾けないのはイタいです。とほほ。

2012年2月20日月曜日

お金で買えないもの

お金で買えないものって、なんでしょうか。

たとえば、コンビニで1ドルを払っても、
なにも買えません。

いくらお金を持っていても、相手がその価値を
認めてくれなければ、ただの紙切れです。

そもそも、お金ではなにも買えないんです。
 欲しいのはモノやサービスなんですから。

便宜上、それをお金に換えているだけなんです。

お金は、それを作ってくれた人や提供してくれた人、
やってくれた人へのお礼(れい)。

だからお金をお札(おさつ)っていうんですね。

お金を払うのではなく、敬意を払うと思おう。

そうなれば、よのなかがもっと良くなるんじゃないかなぁ。

2012年1月29日日曜日

イシューからはじめよ

糸井重里さんと安宅和人さんの対談を読んで、
思い出した事があります。

学生時代に、お菓子の箱や包装紙を
デザインする授業がありました。

ぼくは帰宅してからも、夜中までアイデアを考えました。
けれど、何度アイデアスケッチを持っていっても
先生はOKをくれません。

そればかりか、「お前には向いていない
とまで言われました。
この時ばかりは、たまらず先生に怒鳴りました。

こっちだって、がんばってるんだ!

すると、フォローに入った先生がいいました。


がんばっても、ダメなものはダメなの

ちっともフォローになっていません。。。

けれど、今ではその真意がわかります。

努力は必要だが、目的ではない。

デザインの仕事は、
イシュー(問題)を解決することにあります。

そのためには、まず問題の本質はなにか
見極める必要があります。

そうすれば、するべき努力が見えてくる。

これはデザイナーだけの話ではなく、
よのなかのどんな問題に対しても同じようです。

ちなみにぼくは今、あの時向いていないと言われた、
パッケージデザインの仕事をしております。

そろそろ先生にも、OKをもらえるでしょうか。。。